ダーウィンの思い出

by Ryo
(ダーウィン)

Hello!ダーウィンでワーホリ中の、Ryoと言います。僕は2016年の7月にオーストラリアに渡り、まずゴールドコーストでキッチンハンドの仕事をしました。それからノーザンテリトリーのキャラバンパークに移り、半年間掃除やパーク内の案内係として働きました。セカンドビザの申請もそこから行い、無事取得しています。
 そうして1年間貯めたお金でしばらく各地を旅行した後、2017年の10月初め頃にダーウィンにやってきました。次の拠点はここにしよう!と思ったのです。
 なぜダーウィンを選んだのか。。。理由はもう単純に、日本人が行かなさそうな所へ行ってみたいと思ったからです。裏をかくというか。。。僕のそれまでの仕事は2つとも、日本人の現地エージェントの紹介に従って始めたものでした。行先も住居も最初から決まっています。でもそれだけじゃなく、オーストラリアという地で何かこう、自分の意志で動いて、迷って、珍しいことをやってみたい!という気持ちがあったんです。それがダーウィンに来る一番の原動力になったように思います。
 ・ダーウィンでの仕事! (就活編)
キッチンハンドの仕事を見つけたかったので、ダーウィンに到着してから、旅行中に作っておいたレジュメを市内のホテルやレストランを回りました。バスで郊外に行ってそこでも配ったり、カジノやレストランが集まる商業施設を訪ねたりもしましたが、どこも人手が足りているらしく、仕事は見つかりません。ウェットシーズンだから仕事は少ないよという話も聞いてはいましたが、多分タイミングも根気もちょっと足りてなかったです。というわけで、すんなり成功とはいきませんでした。
 結局のところ、それから数日後に僕が手に入れた仕事はファームの仕事でした。レジュメ配りをちょっと中断して、街をブラブラしていた時に偶然立ち寄った国旗の店(!)の店主のおじさんがとても親切な方で、その人を介して知り合った日本人の女の子から聞いた情報がきっかけでした。レジュメ配りよりはむしろ適当な散歩が就職につながったような感じです。思わぬところにチャンスが転がっているものでした。ダーウィンの街を散歩するだけでもきっと何かが見つかると思います。
 ・ダーウィンでの仕事!(ファーム編)
僕がいたファームは、ダーウィンから車で1時間ほど南に行った所にあるハンプティ-ドゥ-という小さな町にあります。バナナとパイナップルとマンゴーを育てている、大きなファームでした。僕たちワーカーの住む家はパーマストンという、ダーウィンとハンプティードゥ-の真ん中ぐらいにある街にあって、毎朝そこから車に乗り合わせてファームの仕事にむかいます。ワーカーたちの国籍はインドネシアと中国が多かったです。その他韓国やヨーロッパ各国など、かなり様々な国の名前を聞きました。ただ、日本人と台湾人は1人も見かけませんでした。
これは結構肉体的にキツイ仕事でした。単純作業なのであまり英語力はなくても大丈夫でしたが、結局5週間でやめてしまいました。35度くらいの暑さの中、同じ作業を何時間も繰り返すことは想像以上に過酷で、時間の流れが遅く感じられて仕方なかったです。今までの2つの仕事のほうがいくぶん楽だったように感じました。言い訳みたいなんですが、他の外国人ワーカー達にとってもきつかったようで、とにかく人の入れ替わりが激しいファームでした。雇う側も働く側も、切り替えというか見切りが速かったです。収穫したバナナを流すコンベアよりよっぽど速かった。2日前に来たばかりの人が今日はもういないみたいなパターンが多くて、5週間の間に何人見送ったか覚えていないほどです。クビになる人も結構いたようです。
 ・ダーウィンでの仕事。(クリーナー編)
 この仕事については書けることは多くありません。今度は僕が3日でクビになってしまったからです!。ファームで同僚たちにかかったクビ宣告を人ごとのように感じていた自分を思い出しました。明日は我が身だったのかもしれません。その仕事自体は非常に単純な掃除でしたが、求められる速さも丁寧さも、そしてそれについていくために必要な英語力も、ちょっと自分にとってこれまでの職場とはレベルが違いました。もう単純についていくことができませんでした。でもたまにはこういうこともあるよな、と思います。この街のこういう展開の速さを見習って僕も今、また次の仕事探しをしているところです。
・日常での出来事(カラオケ大会、ラジオ出演)
11月の終わり、ファームの仕事を終えて久しぶりに街に戻ってきた僕に、ダーウィンに来てから何かとお世話になっていた日本人のsachiさんからこんな話が舞い込みました。
 「今度開催するカラオケ大会で歌ってみない?」
 うーん人前で歌ったことはないけど、やってみます!ということで参加を決めました。Sachiさんはこの大会のオーガナイザーとして様々な国、言語を背景に持つ人たちに日本のカラオケ文化を広めるべく、企画や参加者募集の段階から最後まで奔走されていたので、ならば僕は得意のロシア語で!という形で、外国語部門で出演することにしたのです。言ってなかったですが、この熱帯のダーウィンにいながら僕はロシアが大のお気に入りなので…。
 開催前日から設営も手伝いました。会場の広いホールがだんだんとそれらしくなってくるにつれ、参加者の立つ舞台が想像から形になっていきます。そして急遽、なんと当日会場にてお好み焼きの屋台の店主も務めることに。日本でいう、文化祭か縁日のようなにぎやかな時間が近づいてきます。
 そして当日。出番が近づいてくる緊張感もありましたが、店番で忙しかったことや、皆がそれぞれの言語で歌いたいようにのびのび歌っているような開放的な雰囲気に後押しされて、結構楽しく、2分弱の短い初ステージを終えることができました。ほっと一息です。それにしてもこのカラオケ大会、思ったよりレベルが高かった。歌手のような声量を響かせる女の子や、カラオケの音声なしで語り掛けるように歌うおじさん、仮装に身を包んでヤングマンを歌い踊る日本人の方など、お好み焼きを作りつつ思わず聞き入って(見入って)しまう場面の数々でした。
 そしてそのまま次の日は、sachiさんが毎週日曜に進行役を務めている日本語ラジオにゲストとして出演しました。話題は前日のカラオケ大会のことや、そこに至るまでの話、sachiさんがこれから考えているイベントや企画などのアイデア、そして僕も、自分のワーホリ体験などについて、初めてのスタジオで一通り話しました。僕はカラオケ大会にはほとんど前日から、飛び入り参加みたいな形で出演したぐらいですが、sachiさんは企画者として、開催にこぎつけるまでになかなか一本道でない経緯も数々あったようで… ただ僕としては、仕事もない週末に、歌ったりラジオに出たりで、楽しく退屈しない時間を過ごさせてもらったと思います。思い出深い2日間になりました。
 ・ダーウィンの良いところ、思い出
知らない人に対しても皆親切で、初対面のぎこちなさがあまりないのが良いところだと思います。様々な人種がみな思い思いに生活している感じでしょうか。なので、人とのつながりが生まれやすいし、そのつながりがなにか次の展開に向かうのもとても速くて予想外な場合が多い気がします。まだ、ファームも含めると2か月しかダーウィンのエリアにいませんが、決断と挑戦と出会いと別れの連続です。僕もここに来て、まさかカラオケ大会でロシア語の歌を歌ったり、ラジオに出演したり、こうして体験記を書いたりするとは思いませんでした。でもそういういくつかの「まさか」とか「思いもよらない」がダーウィンでの一番の思い出です。何か新しい刺激が欲しい、という方にはダーウィンは本当におすすめです。
 それから身近なところでいうと、今の時期ダーウィンは本当に蒸し暑いので、カフェでアイスコーヒーを飲むひと時が最高です。街の炎天下に飽きたらちょっと立ち止まって、涼しい店内でコーヒーの冷たさにのんびり一息つく…そんな昼下がりもこの街ならではです。ダーウィンに来たら1度は試してみて!

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Dec 13, 2017
評価
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大変参考になりました
by: 匿名

仕事の様子など詳しい内容で大変参考になりました。

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